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おサル先生の在宅医療入門
「在宅NSTの訪問栄養指導!」の巻(1)

小川 滋彦(金沢市・内科)
(石川保険医新聞「おサル先生の在宅医療入門65~70」より一部改変して転載)

私は招かれざる医者…?

おサル先生はAさん宅を訪問する日は、いつも気が重かった。

Aさんは78歳の男性で、5年前ほど前に大学病院の耳鼻科で咽頭癌に対して放射線治療を受けた。昨年の秋頃より食事の量がだんだんと減ってきて痩せこけてしまい、寝たり起きたりの生活となって、病院受診もままならなくなった。何とかしてほしい、と奥さんが頼みに来たのが、12月も末。さっそくその日の夜に初めての往診をしたのだが、降りしきる雪で視界が大変悪い。しかも、Aさん宅の駐車場は狭い道路に対して鋭角なので、何回も切り返しをしてやっと車を入れたものの、ブロック塀で車体側面を擦ってしまった。出だしから何とも気持ちが暗い。

傘の雪を払いながら玄関に立つと、奥の方で何やらもめている。「なんで医者なんか呼んだんだ」と駄々をこねるような男性の声と、それをなだめる女性の声がする。どうやら歓迎されていない雰囲気を察しながらも気をとり直して、「ごめんください」と玄関で呼び声を上げると、慌てた様子で奥さんが飛び出して来て、「雪の中をよくお越しいただきました。さあさあ、お入りください」とおサル先生を招き入れた。

居間に案内されると、Aさんとおぼしき男性は文士のような黒い着物で、新聞を広げてこたつに座ったまま、おサル先生の方をジロッとにらんだ。おサル先生は間髪を入れず、畳に手をついて「おサル医院のおサルと申します。本日は夜分に突然おじゃまして申し訳ございません」と頭をペコペコ下げながら、あいさつした。するとAさんもそれにつられるように負けじと「こりゃあ、先生。お足元の悪い中を恐縮です」と、頭をペコペコしたので、まずは受け入れられた!とホッするのもつかの間、「先生。うちの家内は最近ちょっとおかしいのです。家内の方を診てやってくれませんか」となかなか手ごわい。奥さんがすかさず「あなた、先生にせっかく来ていただいたのだから、困っていることを正直におっしゃってください。お酒は召し上がるのに、さっきの夕ご飯はこんなに残して…」と、こたつの隅に押しやられたご飯茶わんの蓋をめくった。

「余計なことを言うな!おまえの飯の炊き方が悪いからだ。もういい、全部片付けろ」

「あら、あなたが食べたいと言ったから、わざわざ市場で買ってきたおかずなんですよ」

おサル先生はその場を取り繕うように、「さあさあ、ご主人。血圧など測らせてはいただけませんか」と隣にすり寄り、着物の袖をまくろうとすると、人が変わったように「あ、先生すみません。血圧ですね、血圧」とマンシェットを巻くのに協力してくれた。

まずは栄養状態の改善だ

その間、Aさんは常にティッシュペーパーを口元に当てて、唾液を拭き続けていることにおサル先生は気がついた。前頸部に両手を当てて触診しながら「ちょっと唾を飲み込んでいただけませんか」と嚥下を促すと、やはり喉全体が固くなって挙上しない状態だった。
「ご主人。さぞや飲み込むのがつらいのですね。わかりました。液体なら何とかいけますか」

アルコールは液体だから喉を通りやすいことに一定の理解を示しながら、「それでは栄養剤を処方しますので、毎日2本くらいがんばって飲んでくださいね」と、手書きの処方箋を渡した。奥さんはご飯を食べさせたいし、アルコールをやめさせたい。その気持ちはよく分かるし、その通りなのだが、やはり通常の食事が喉を通らない「つらさ」を医学的にわかってあげなければ本人もつらいだろう、と見送りに出た奥さんに伝えた。この5年間で65キロ~46キロに体重が減っている。PEM(蛋白質エネルギー低栄養状態)を改善するために、まずは液体の経腸栄養剤で立て直すのが先決だと考えた。週1回の訪問診療を約束してAさん宅を出た時には、先刻の雪はすでに止んで路面からも嘘のように消えてなくなっていた。

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