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看護領域ではすでに認定資格となっている摂食・嚥下障害の専門資格が、平成20年より日本言語聴覚士協会の認定資格制度に位置づけられました。受講後の試験に合格すると、認定言語聴覚士(摂食・嚥下障害領域)として同協会より認定されます。

この認定資格制度の立ち上げに尽力された、藤田保健衛生大学医療科学部リハビリテーション学科准教授の岡田澄子先生をお訪ねし、現状から見た言語聴覚士(ST)の役割および今後の展望についてお話を伺いました。

岡田澄子先生は、2011年6月24日に逝去されました。心よりご冥福をお祈り致します。

Ⅲ摂食・嚥下機能向上のための取り組み
4.さらなるステップアップ!
認定言語聴覚士(摂食・嚥下障害領域)誕生へ


藤田保健衛生大学医療科学部リハビリテーション学科 岡田澄子

(所属・役職等は発行当時のものです)

岡田澄子

PDN通信 26号 (2009年1月発行) より

(所属・役職等は発行当時のものです)

言語聴覚士に対する社会のニーズ

言語聴覚士(ST)は、脳卒中や様々な疾患による言語障害(失語症や構音障害など)や聴覚障害によるコミュニケーション障害、そして小児に対する発達上の言語・構音の問題に対し、治療・訓練を行う専門職です。

国家資格制度が1999年に始まって以来、現在は全国に約1万4千人の有資格者がおります。STはSpeech Therapistの略で、以前は言語療法士、言語治療士と呼ばれていました。ST自体は国家資格になる前から存在し、主にコミュニケーションの問題を中心に扱ってきましたが、発音と摂食・嚥下に関わる器官が共通することより、20年ほど前から少しずつ摂食・嚥下のリハビリテーションに関わるようになってきました。

図1 言語聴覚士の現状
図2 言語聴覚士が感じる訓練への不安要因

日本言語聴覚士協会の調査では、現在は全体の7割のSTが、何らかの形で摂食・嚥下訓練に関わっています。法的にも、言語聴覚士法第42条によって、医師または歯科医師の指示の下に、嚥下訓練を行うことのできる職種であることが明示されました。STの養成校でも、喉頭に関係する分野として音声障害学を90~120時間、口腔、顔面に関する分野として構音障害学を120時間学ぶほかに、嚥下障害学単独で30~60時間があてられていますので、摂食・嚥下に関して、かなり充実した教育を受けていると言えます。それだけに、果たすべき責任は重いと考えなければなりません。

近年、摂食・嚥下リハビリテーションの有効性が認められ、多くの職種が関わるようになり、急性期の病院から介護保険領域の施設・在宅まで、広い分野で摂食・嚥下についての取り組みが積極的に行われるようになりました。

その中でSTは、安全に高いゴールを達成すること、嚥下チーム全体を見渡す調整役になること、時に嚥下チームの牽引役になることが、求められています。その要請に応えるためには、リスク管理や疾患など、多岐にわたる広い知識と、専門性の高い技術を身につけておかねばなりません。

一方STの現状を見てみますと、先ほど摂食・嚥下にかかわっているSTが7割と申し上げたものの、若い経験の浅いSTが大半を占め、また40代以上のSTは養成校で摂食・嚥下に関する教育を受けてきていないこともあり、摂食・嚥下訓練に関わることに不安を持つスタッフも多いことが分かります(図1・2)。

「誰もが身近なところで摂食・嚥下リハビリテーションを受けられるように」という社会のニーズに応えるために、核となれるSTを養成し、全国に摂食・嚥下リハビリを広めることは、言語聴覚士協会の責任であろうという声が高まり、この認定資格制度を始めることになったのです。

言語聴覚士の摂食・嚥下専門の認定資格

日本言語聴覚士協会自体、2000年1月16日に国家資格を有する言語聴覚士の職能団体として発足した、まだ創設10年に満たない若い組織です。したがって、「認定言語聴覚士」という制度は、本協会では初めての制度です。

図3 第1回認定言語聴覚士研修

我々が関わる障害は多種あるわけですが、先ほども申し上げましたように、社会的ニーズが高まっているということ、摂食・嚥下障害はリスクが高く、多くのSTから不安の声が上がっているということから、まず摂食・嚥下の領域が、その他の障害に先立ち、真っ先に認定制度を開始できることとなりました。それだけ、言語聴覚士協会としても、緊急で重要な問題と認識しているということです。

この認定資格取得までの流れを、説明します。

「摂食・嚥下に関する臨床経験6年目以上」「協会が定める生涯学習プログラム(基礎・専門)を修了」という条件を満たしていることが登録資格で、登録が認められると、受講生の資格を持つことができます。初年度、この条件にあてはまる対象の50名ほどを、受講定員といたしました。今年度は51名の受講生が受講中です。現在、受講会場は東京だけで、先日も慶応大学で研修がありました(図3)。

表1 認定研修カリキュラム(取材当時)
●ガイダンス
●全身管理
●リスク管理
●気道管理
●外科的対応
●法規と社会資源
●神経筋疾患に伴う摂食・嚥下障害 
●頭頚部腫瘍に伴う摂食・嚥下障害 
●訓練のための運動理論
●呼吸理学療法・口腔衛生・補綴 
●連携・教育
●栄養・NST
●脳血管障害に伴う摂食・嚥下障害
●トピックス
●評価(VF・VEによる評価)
●評価(演習)
●全体評価
●訓練1・2・3
●実技1・2・3
●症例検討1・2
●試験

講習の内容は、今まで学校で習わない知識を、それぞれのスペシャリストから伝授していただくカリキュラムになっており、最新の研究成果に基づいた、実践的な内容となっています。当然、リハビリを効果的に行うためには、まず栄養を確保し、そして、できるだけリハビリの邪魔にならない環境を整えることが必要ですから、そういう視点から、NST(栄養サポートチーム)や、その中でのSTの役割についても学習します。(表1

土・日を用いて症例発表と実技を含めた研修を6日間受けた後、筆記試験が行われ、これに合格してやっと認定資格が取得できます。2009年の3月末には、第1号の摂食嚥下認定資格を持つSTが誕生します。

さらに日本摂食・嚥下リハビリテーション学会でも、多職種の会員を対象に、摂食・嚥下リハビリを普及・推進するため、同学会の資格制度委員会が認定制度の規定、実施計画を立案し、学会認定士の資格制度を設けるための作業を進めています。

学会では、言語聴覚士協会の認定士を学会認定と同等以上の資格として認め、言語聴覚士協会認定の資格取得者は、申請すれば学会認定士の資格も取得できるような措置をとって下さることが決まりました。

また、学会認定制度にあわせて、会員が広く摂食・嚥下リハビリテーションの基礎、臨床、実践を学習できるよう、インターネット上にE-learningの開設を予定しています。認定言語聴覚士の受講資格の「臨床経験6年目以上」という条件に満たない、若いSTの方々も、こういうシステムを使って知識を蓄えて欲しいと思います。

チームの中の言語聴覚士の役割

当大学は、急性期病院である第一教育病院と回復期病棟と緩和ケア病棟を中心とした七栗サナトリウム、地域に密着した第二教育病院と特徴の異なる3病院を有しています。NSTへの取り組みや胃瘻外来の開設で御存知の方もおられるかと思います。1996年に発足した日本摂食・嚥下リハビリ学会の事務局(理事長:才藤栄一先生)が学内に置かれており、3病院ともに嚥下チームが精力的に活動をしています。

NSTと嚥下の専門チームは、別組織としてそれぞれ動いていますが、嚥下チームとしてもNSTは大変心強い存在です。摂食・嚥下リハビリに限らず、すべてのリハビリには、筋力や基礎的な体力をつけていくことが必要です。ですから、栄養の確保は重要な課題です。院内のNSTに私たちSTのメンバーも参加し、摂食・嚥下の問題に関して意見を述べ、NSTの先生方から依頼を受けると嚥下チームに持ち帰り、カンファレンスで話し合って評価・訓練へつなげるとともに、その内容をフィードバックする、といった形でNSTと嚥下チームのつなぎ役の一部をつとめています。

摂食・嚥下障害の方たちの中には、高度な低栄養状態や脱水状態の方も多く、嚥下訓練どころではない方、すなわちリハビリを実施していくプログラムの中で、トレーニングを効果的に行うため、あるいは肺炎などに負けない体力をつけるため、リハビリに先だってまず栄養の確保が必要という方もいらっしゃいます。その際、確実に栄養確保ができ、また嚥下リハビリの妨げにもならない栄養のルートとして、医師、ST、看護師からなる嚥下チームで話し合い胃瘻を提案することもあります。

すでに胃瘻を造って入院してこられる方もおられますが、私たちとしては、リハビリのプログラムを組むに当たって「胃瘻があれば安心して訓練を進められる」と感じています。逆に「この胃瘻は必要なかった」という方も、中にはいらっしゃいます。正しい嚥下機能評価と適切な嚥下リハビリによって、経口摂取が可能になる場合です。

一方、摂食・嚥下リハビリに携わっていく中で、拒食の問題に突き当たることがあります。機能的に食べられないわけではないのに、一切受け付けない、食べなくなる方がおられます。そういう時は、リハビリからの専門的なアプローチだけではなく、その方の立場にたった工夫が必要です。

一人でお食事をしている状態を放っておかない、決められた食事時間にこだわらない、根気よく待つ、声をかけるなど、一口でも口にするきっかけを作るよう心がけています。ほんの一口を食べてみることで、「おいしい」という感覚を取り戻し、再び食べるようになる方もいらっしゃいます。

胃瘻を造った方も同じです。飲み込めなくて胃瘻を作ったのだから、そこから栄養を入れればいいじゃないか、と考えられがちですが、胃瘻は栄養を補給するところであって、味わう口ではありません。誤嚥のリスクも十分考慮する必要がありますが、ほんの少しの量を口から食べ、味わうことで、残された機能や眠っていた機能が呼び覚まされることもあります。

胃瘻というと悪い印象を持つ方が、医療者にも患者・家族にもいらっしゃいますが、胃瘻に対する先入観を取り払い、メリット、デメリット両面から正しい情報を伝えることが医療提供側には求められるのではないでしょうか。

私たちSTは、リハビリを通して毎日一定時間患者さんや家族とかかわりますので、話かけやすいのでしょうか、「あの時先生がイロウって言ってたけれど、どういうものなの?」と聞かれることがあります。そういうときには、私たちも、嚥下チームの方針にそった正しい情報をわかりやすく伝える役割を担います。新人のSTたちにも、胃瘻の有用性を伝え、ネガティブなイメージをもって説明することのないよう、指導しています。

現在はNSTを置いている施設が多くなりましたので、そのようなことも少ないかもしれませんが、私たちSTが他の職種と共に患者さんに関わる中で、気がつくとその患者さんのトータルな観察・管理をする人がいないということがありました。医学的なリスクやリハビリの方法について、また提供している食事のカロリーについては、チームのどの職種もある程度理解し、気にかけているのですが、その患者さんが、実際にどの程度の摂取できているのか、水分は足りているか、誤嚥以外の熱発原因はないのか、などの面からチェックする役割が、すっぽり抜けていたのです。もちろん、その役は医師でもナースでもSTでも誰でも良いのですが、リハビリを通して患者さんと接する時間が比較的多いSTが、広い視野と知識を身につけ、気にかけていくことも必要であろうと思います。

摂食・嚥下に関わる職種としての責任

表2 今後の展望

●目の前患者にとどまらない、社会への貢献を
・地域での勉強会、患者会への参加など

●仲間を増やしましょう
・施設内での啓発活動
・学会認定士へのお誘い

●より専門性を高める努力を
・認定言語聴覚士でスキルアップ
・訓練効果、訓練プログラムの適正性の検証
・新たな訓練法の開発
・認定看護師との協働と協力

認定言語聴覚士や学会認定士といった、摂食・嚥下障害にかかわる資格を持つ職種として、今後どのような責任を果たしていくかは、重要な課題です(表2)。

自身の専門性を高め、目の前の患者さんのリハビリやトータルケアに関わることはもちろんですが、初めにお話したように、社会からのニーズの大きい領域ですので、社会へ貢献することも責任のひとつと考えています。

地域での勉強会や患者会などに積極的に参加して、アドバイスやサポートをすること、そこでの活動を連携して進めていける仲間を増やすこと、そして社会全体にSTの存在もアピールしていきたいですね。

その際、私たちはリハビリのプロとして、患者さんや御家族の精神面にも気を配り、安心感や信頼感を持っていただける関係を築くという視点も必要だと思います。

例えば、嚥下障害の方は誤嚥で苦しい思いを経験されていますので、訓練を始めるにも不安でたまらないわけです。そういう中で「この方法なら大丈夫だからやってみて」と訓練を進めていくには、患者さんの不安な心理状態を理解した上で「大丈夫」という言葉への信頼を得られる関係をつくることが重要です。

誰でも、身近なところで摂食・嚥下に関する相談やリハビリが受けられるようになるためにも、在宅スタッフ(訪問主治医・訪問ナース・訪問リハビリスタッフなど)や施設内のスタッフに、正しいリハビリの知識やアプローチの方法を身につけていただくことが大切です。私自身、認定言語聴覚士の一人として(もちろん試験に合格したら…ですが)、連携の牽引役としても責任を果たしていけたらと思います。

(2008年10月取材)

リンク

PDN通信 26号 (2009年1月発行) より

(所属・役職等は発行当時のものです)