飛田洋さん

なにくそ!俺はここにいる188

京都府 飛田洋さん(75歳)

飛田洋さんは、平成10年11月に脳梗塞を発症しました。

完全四肢麻痺、構音障害、嚥下障害を認め、入院中に胃ろう造設術、気管切開術が施行されました。平成12年6月に在宅へ移行され、かすかに動くようになった指先でパソコンを操り、創作活動を続けています。

毎日書きためたものは、月刊誌としてまとめられ、製本されています。

■ハンサ・無責任/二行きめる個人の見解

《仰げば尊し》平成30年10月1日(月曜日)


 季節外れの《仰げば尊し》なんてと思われるでしょう。

残暑の真夜中、目覚めてしまい、何故か卒業式前に捻挫をして
しまい、下駄で出席した中学時代の卒業式を思い出してました。

 仰げば尊し わが師の恩 の歌詞と教科担任クラス担当の顔を
しのんでおりました。

子どもの頃から師の付く人や先生と呼ばれる人は敬うよう両親に
教えられてた私はそれなりに、教師へ尊敬の念を抱いていました。

 振りかえれば、子供の時から三人の忘れ難き尊敬出来る先生
に出会いました。思い出を辿り、その先生方について書いてみる。

中二の時の苦手だった数学の先生、余技か内職か知らないけど
心理学の研究をされており国立大学で心理テストのモルモット代
わりをさせられて壱年を過し最高の学生生活でした。

高一の時の、やはり数学の先生、これが大人の眼かと感心させら
れる澄んだ瞳をしておられ、弐年後宗教の時間を受け持たれ僧
侶が本職と判明。人格形成に影響を与えました。

高三の時、憧れ国語教師が担任になったが、学校の問題先生。

異端者扱いで熱中先生、そのクラスの自称異端児が私です。

 戦後十年過ぎた頃の話です。当事者は鬼籍かも知れませんが
時効と思い体験談をお許しください。

 当時中学は60人編成で13クラス、教科担任、クラス担当以外
知らない教師が大勢、担任三人はフルネーム思い出せるが教科
担任は忘れたみたい。デモしか先生が多かったからでしょうか?

デモしか先生と言うのは誰から聞いたか忘れましたが、終戦後
先生デモやろうか、先生しかなれない先生が多かったせいです。

 そこで 《デモしかは 時代の流れ 懐かしむ》 なんてーね 続く

■ ハンサ・無責任者の川柳風《二行詞》


・外に出りゃ こんな暑さで 居られぬぞ
              注意していけ 熱中症

・真夏日は カーテン引けよ 窓閉めろ
              嘆く事より 暑さ対策

・知らぬ間に 知らない党が 生まれてる
              ルーツ気に成る 野合先生

・都内だけ 五輪ゲームを 早くする
              興味しだいで 混雑かんわ

・逆らわず 微笑み返し 聞き流し
              ガンジーしても 残暑乗り切る

・新人を 二人引き連れ トリオ風呂
              一人仕切りは 大変どすな

・花のない 飾り窓など 更にない
              一間で過ごす 夢のない身よ

・誰もする 誰でも出来る こんなのを
              誰もせぬとは 嘆きの極み

・解説者 好きな事言え 評論家
              大風呂敷も めしの種とは

・洗髪で 耳をふさがぬ ナース増え
              変な時代と 昭和をしのぶ

・このベッド 耐用年数 オーバーか
              揺れが激しく 不気味に思う

・低温を 寒くないかと 聞くのなら
              扉閉めろよ 外気が入る

・大リーグ 見たくないのが ベンチ内
              映し出すなよ 興味そがれる

≪しんきくさ≫

≪過去の生活≫



ムカデの使いや あらへんで
 靴ひも手こずり しんきくさ
家から二分の  ポストまで
 まだ玄関先やで 殺生な
えらいこっちゃで
 まるでムカデや しんきくさ


ケムシの横断  みたいやな
 左右の確認   しんきくさ
高速道路と   ちゃいまっせ
 慎重すぎるの  問題や
しもたこっちゃで
 そうやケムシや しんきくさ


ミミズの宅配  みたいやな
 とに角しかくや しんきくさ
空き腹抱えて  苛々で
 爆発しそうや  炎上や
へまなこっちゃで
 なんやミミズか しんきくさ



廊下拭き 板目に走り四つんばい
見た様子 相撲の仕切り立会いだ
日に数度 往復するとそれで良い
生意気に 叱られながら覚えてた
順序良く おしえる声も懐かしい
遠い日々 むかしに帰り戻りたい


時間見て 洗濯ものを持ち込んで
井戸端で 手をやすめずに噂聞く
真冬日に ひびあかぎれが勲章と
疲労溜め 子どもに亭主相手する
馬鹿笑い 泣き言小言愚痴ぼやき
久しぶり むかしに帰り戻りたい


掃除機を 離れてほうき塵を取る
茶殻蒔き 埃やゴミとさようなら
母さんが 怒る時には武器になり
お尻をば めがけて叩き追い回す
一昨日と ほうきを立てて御呪い
迷いない むかしに帰り戻りたい


≪食わず嫌い≫

≪ネタ無き子≫


『一』
俺が俺がで
 一人で仕事   向うより
 助けで早く   仕上がるぞ
人手は入れて  みる事だ
 育ててみるのも 楽しみで
 食わず嫌いは  良くないぞ

『二』
使い切れねば
 宝の山の    持ち腐れ
 びんぼう神が  住み着くぞ
向上心が    ないのなら
 生きてる値打も 価値もない
 食わず嫌いは  後ろ向き

『三』
俺が俺がと
 何にも挑む   心意気
 勝負は負けて  始まりだ
何も知らずに  終るなら
 それでは貴男の 名が廃る
 食わず嫌いは  良くないぞ


『一』
我慢我慢の   我慢の子
我慢出来れば  頑張れる
 刺激ないので  ネタ無き子
 P・C相手   文字遊び
我慢した甲斐  あった事
我慢し乍ら   ひまつぶし

『二』
試練試練の   試練の子
試練あるのは  幸せよ
 刺激なさすぎ  ネタ無き子
 P・C眺め   吐息出る
試練相手に   楽しめば
試練と試練で  ひまつぶし

『三』
文句文句の   文句パス
文句聞く耳   日曜日
 刺激ないから  ネタ無き子
 P・C遊び   文字遊び
文句捜して   いるけれど
文句言わせて  ひまつぶし


主治医より一言

《仰げば尊し》

小生は、ちょうど高校の時にアメリカに留学した際に、理科の先生に生命の神秘さを教えてもらい、現在の道に進みました。医師になってからも、多くの師と仰ぐ先生達のおかげで今日があると思っています。今も大学の後進の臨床指導に、ほんの少しだけ携わっていますが、1人でも師と仰いでくれれば嬉しいのですが・・・(笑)。(岡野拝)