飛田洋さん

なにくそ!俺はここにいる179

京都府 飛田洋さん(74歳)

飛田洋さんは、平成10年11月に脳梗塞を発症しました。

完全四肢麻痺、構音障害、嚥下障害を認め、入院中に胃ろう造設術、気管切開術が施行されました。平成12年6月に在宅へ移行され、かすかに動くようになった指先でパソコンを操り、創作活動を続けています。

毎日書きためたものは、月刊誌としてまとめられ、製本されています。

■ハンサ・無責任/二行きめる個人の見解

《決めつける》 平成30年1月1日(月曜日)


 年賀代わりに四十年にわたる競馬経験を気分転換に書くつもり
だったが現実は師走で何かと慌ただしそうで控えた。寝たきりの私
に盆も正月もなく、マイペースで年中休みの気楽さに悪しからず。

 

 ところで機を見て森を語るなと言う《決めつける》のは余り宜しくな
い。ポケモンGO-や歩きスマホでトラブル事故多発かと言われた
割には町中の映像を見ている限り熱中してる人は少なく見える

自己責任を自覚してられるみたいで喜ばしく思える。


 さて京都では、○○では風習ではと根拠のない決めつけが最近
やたら多く報道されている。その都度妻と知ってた?聞いてた?と
お互い確かめ合う事が多い。妻も京都生まれ育ちであるが区が違
うだけで随分違う。いや学区単位で違ってる筈だ。転入者も多く
居られるので、せめて決めつけはやめて《関係者の間では》ぐらいに
して欲しい。祖父は他府県からの流入者、母は道産子だ、私も
妻も京都生まれ育ちだが今日を語る資格のない事は承知してい
る、おそらく京都育ちの祖母の婆ちゃん子の私は幼稚園も行かず
墓参りで市内を徘徊して道中色々聞いてた話を《三つ子の魂》で
はないが結構記憶しているから、決めつけられるのに拘るようだ。

 八百八寺と言われるように京都は神社仏閣が非常に多い。

昔々電話帳で調べたのだが同名異寺が多く並んでいた。確か阿
弥陀寺か念仏寺で4,5軒有ったと思う。うっかり有名な西芳寺苔
寺を西芳寺とタクシーで伝えれば意外な場所に?案内される事も
有る。思い込みは良くない。ドライバーが地方出身者も多いとか。

そこで 《決めつけて言わず思わず聞き取らず》だってさ 次回に

■ ハンサ・無責任者二行きめるの《二行詞》


・ひとりごと寂しかろうと聞いている この現実を許して欲しい


・肩こりを知らぬ寝た切り首の筋 痛めたらしく云えず明け暮れ


・済みません言えば済むのに言えなくて 事が広がり騒ぎ大きく


・糸目には薄目を開け気配見る 特殊技能を知るや知らずや


・私ならなら出来ない事だ真似出来ぬ 事があふれる此の世の中よ


・吸引で尿意もよおす面白さ へんてこりんに知らず吹き出す


・パソコンをたまに休めと妻は言う それで休めば閑もてあそぶ


・誰かする誰かしてると誰もせぬ 誰も来ぬのは誰の所為かな


・トイレ中声を掛けるな馬鹿ったれ 気分そがれる意欲うしなう


・寒いなら休んでもらって良いけれど 菜の花咲けば冬眠終わり


・ひとり居る部屋の温度は耐えられる 冬は寒いが夏はそれなり


・咳き込めば弾みで都度にベル鳴らす 迷惑だけど何ともならぬ


・すまんのう寒くないのが寝た切りじゃ 外に出ぬから実感わかぬ


・気にしてりゃ部屋に来る筈のぞく筈 何も言わぬが俺は思うな

≪苦労苦の字≫

≪もたもた爺≫


『一』
恩と義理との  世が薄れ
時代が流れ   情けない
 妥協するだの  事勿れ
 俺が認めぬ   許さない
  苦労苦の字は  若いうち
  苦労苦の字は  買ってしろ

『二』
恩と道理を   世が忘れ
時代だなんて  甘えるな
 ぶれぬ信念   ポリシーを
 俺がなくせば  意味がない
  苦労苦の字は  前向きに
  苦労苦の字は  買ってする

『三』
恩と義理との  世を背き
従えなんて   見くびるな
 胸に抱いてる  憧れを
 俺は捨てたら  明日もない
  苦労苦の字は  喜んで
  苦労苦の字は  買ってする


『一』
もたもた爺で  ありまして
よたよた婆に  頼り切り
他人 ひと の噂に  馬の耳
誰の事でも   興味ない
いらぬ苦労を  しょい込ませ
増えた白髪に  侘びている

『二』
もたもた爺は  よれよれと
よたよた婆が  ズバリ言う
金の草鞋も   冬の雪
今の時代にゃ  陳腐だね
声の出せない  所為なのか
無視で認める  哀しさよ

『三』
もたもた爺で  ありまして
よたよた婆に  首っ丈
雑で難儀は   賀茂の水
それでお互い  肩こらぬ
愛想づかしを  されたなら
今の安らぎ   望めない


≪ノーテンキ≫

≪演歌書く気≫


『一』
どこも顔出す  野次馬で
 馬鹿な騒ぎは  お手のもの
おわかり通り  噂では
 俺はいわゆる  ノーテンキ
動き乏しい   暮しだが
 俺はそれでも  生きている

『二』
弱い者には   加勢する
 そんな性根は  変わらない
おわかり通り  不便でも
 俺はいわゆる  ノーテンキ
声を失い    忘れても
 俺はどうにか  生きている

『三』
無茶な強がり  意地っ張り
 下手な世渡り  したものだ
おわかり通り  凹まない
 俺はいわゆる  ノーテンキ
夢と離れた   暮しでも
 俺はもちろん  生きている



演歌書く気で  書くけれど
始め二行が   浮かばない
 酒も女も    関らぬ
 節穴数えて   何年か
聖人君子で   あるまいが
俗世離れりゃ  視野狭い


演歌書く気で  挑むのに
光る二行が   閃かぬ
 谷も峠も    関らぬ
 ベッドの住人  根が生える
仙人天狗の   生活じゃ
人であること  忘れがち


演歌書く気で  居るけれど
残す二行が   現れぬ
 やたら横文字  あふれ出し
 理解できない  意味不明
浦島太郎で   いる限り
世間音痴は   やむを得ぬ


主治医より一言

《決めつける》

 H18年に京都新聞に紹介させてもらった記事を想い出しました。

あの頃は、医学部出たての若い研修医を事前情報を与えずに 飛田さん宅に連れて行って先に診察をしてもらい(ほとんどの場合あまり話しかけずに黙々と診察する先生が多かった)、その後 飛田さんの作詞の作品等を見せて いかに今の状態でも密に本人との意思疎通が計られているか説明し、びっくりしていたのを覚えています。医療者でも やはり見た目で患者さんの状態を決めつける傾向があります。小生も そうではないと気付かせてくれてたのは、飛田さんとの出会いでした。本年も何卒 宜しくお願いします。