HOME > トラブル&ケア > おサル先生の在宅医療入門 > 「おサル先生の初夢-NST!」の巻

おサル先生の在宅医療入門
『おサル先生の初夢-NST!』の巻

小川 滋彦(金沢市・内科)
(石川保険医新聞・平成十四年六・七月号より一部改変して転載)

二○一×年、医療福祉史上最大の危機といわれた二〇〇二年の“コネズミ医療改革”は無事阻止され、動物王国が世界に誇る医療保険制度はさらなる発展を遂げていた。当時、パンク寸前の医療保険財政は、患者負担増、高齢者医療費の総枠制といった財務省ペースの改革ではなく、栄養療法の重視と在宅医療の完備という医療側の内部改革によって黒字へと転換したのだった。


その原動力となったのは、二〇〇二年当時、その名称すら知られていなかった“NST”(栄養サポートチーム)であった。すべての病院がNSTを立ち上げたことにより、入院患者の栄養状態が改善され、治療期間が短縮し、おのずと病床回転率が高くなった。術後早期の経腸栄養療法開始が常識となり、術後合併症は減り、このことは図らずも医療コストの削減に結びついたのである。

しかも、栄養管理の問題は病院の診療科の特殊性に関わりない、すべての患者の“基本的医療権”として認められるようになり、NSTが診療科の風通しを良くすることによって、昔の病院の構造的欠陥といわれた「診療科別縦割り専門制」の問題が解消されるようになった。

このことは、患者中心の医療提供の起爆剤になったのである。

そういえば、一時代を風靡した消化器科、循環器科、呼吸器科・・・などという細分化した臓器別診療科の名称は、いかにも「木を見て森を見ず」「病人を診ずして病気を診る」のマイナスイメージから、どこの病院からもすでに消滅していた。代わりに「全人科」「人間科」とか、大昔に戻って「内科」「外科」を標榜するようになっていた。

さらに、このNSTは病院のみならず“在宅NST”と強力な連携を築き上げ、地域NSTとして地域医療のバリアフリー化に貢献したのだった。だから、昔のように「栄養末期」で褥瘡だらけ、在宅でミイラのようになって亡くなる患者さんはまず見かけなくなった。

もうひとつ、在宅医療の基盤整備としては、IT化もさることながら、スムーズで小回りの利く公共交通システムの成功が挙げられる。二〇〇二年のおサル先生の往診といえば、狭い路地と不足する駐車場に泣かされていたが(第二十八話『駐車場!』の巻)、今は違う。市街地の再開発を必要としない、生活にやさしい軽便鉄道網が狭い路地の隅々にまで張り巡らされ、各家庭の玄関先まで自動運転のトロッコで乗り付けられるようになっていた。ちょうど第○次オイルショックを契機に、自動車社会の見直しが迫られ、時を同じくして発明された無公害の蒸気機関がそのトロッコの動力だった。

今、トロッコは玄関先まで、と書いたが、もちろん要介護者のいる家庭では新・介護保険を使ってベッドサイドまで引き込むことが可能だ。この新型の交通システムの登場により、おサル先生の往診はもちろん、ヘルパーや訪問ナース、さらには訪問入浴までもが、交通渋滞もなく、短時間で各家庭に到着できるようになった。


それでは、ある日のおサル先生の往診風景を見てみよう。

九十歳の小川さんは最近よくむせるようになり、在宅NST言語聴覚士の高松さんが嚥下リハビリを、同じく在宅NST栄養士の安藤さんが“むせ予防食”の指導のために訪問していたが、どうも思わしくない。連絡を受けたおサル先生がトロッコで往診し、小川さんの皮膚をつまんでみると張りがない。

今はテレビ電話による遠隔地医療システムのおかげで患者の顔色は診察室に居ながらに見ることはできるのだが、やはりこういった診察所見はIT化が進んだ時代にこそ重要視されるべきだ。

もしやと思ったおサル先生は、小川さんに側臥位を取らせパンツを下げてみると、何と仙骨部に今日では珍しい“褥瘡”が!そう、改良により進化したケア用品と訪問看護の予防的介入の一般化により、褥瘡とは予防しうるものになっていたのだ。
「あら、しまった。エアーマットのコンセントが抜けてましたわ」と家人。

事態を重くみたおサル先生は、家族に入院NSTと褥瘡集中治療の必要性を納得してもらい、胸のポケットの移動用電子カルテを、医師会ネットワークのオンライン在宅医療支援システムにつなぎ、搬送先病院の検索と同時に患者搬送用トロッコの手配をした。

ものの五分で玄関先に到着したトロッコを、そのまま寝室に誘導して、小川さんのベットに連結した。すでに「全人」病院の在宅医療支援部に空床が確認され、すべての転轍機は最短距離で病院に辿りつけるように切り替えが済んでいた。

今日は午後からオフなのでおサル先生もトロッコに同乗することにした。

搬送用トロッコは、短い汽笛を一声発するとゆっくりと出発した。古い街並みを軽便トロッコはシュポシュポと大昔の汽車のような音だけ立てて風を切って走る。十数台の個人用トロッコとすれ違うが、うまくぶつからないようにコントロールされて退避線を駆け抜けて行く。

小路を抜けて大通りの専用線に入ると俄然スピードを増して、あっという間に病院エントランスから在宅医療支援部の病室に着いていた。トロッコが切り離されると、早速、入院NSTの回診があり、引き続くカンファレンスでPEG(ご存じ内視鏡的胃瘻)の採用が提案された。

この時代は、ひと昔前とは逆で、静脈栄養点滴をしている人よりもPEGから栄養を入れている人の方が多いくらいだから、患者家族もふたつ返事で承諾した。おサル先生はいまだにPEGはどうも苦手なので、ひとり渋い顔をしていたが、そこは在宅NST瘻孔管理専門ナースに任せることにしよう、と納得することにした。

新交通システムはともかくとして、NSTは明日にでも実現したいものですね、病院長先生殿。


さて、この度「PEGを味方にすれば町医者は病院に負けない!」という、おどろおどろしい、人を喰ったようなタイトルの本を出版いたしました。“町医者の遠吠え”ではありますが、内容はきわめて真摯なものです。おサル先生も登場します。買って読んでいただけるとうれしいです。

―石川保険医新聞2002年1月号
「おサル先生の在宅医療入門」第31回より許可を得て転載
PEGを味方にすれば町医者は病院に負けない!

小川滋彦・著
済生会金沢病院を経て、胃ろう専門医院をあえて名乗って開業され、在宅医療を実践されている小川先生の
  「PEGによる在宅医療」
  「病診連携と胃瘻ネットワークづくり」
  「PEGとは何か」
の足跡です。

 PEGの第一人者が、これまでの経験を集大成した臨床と学会活動は、開業医とコ・メディカル必見の書であるばかりか、患者様、ご家族にとってもわかりやすいPEGの解説書です。

B六判・297頁 1冊1,890円