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PDN通信17号〈胃瘻と口腔機能〉の取材にご協力いただいた「Mさん」こと、村井良さん。

口から食べさせることにこだわったがゆえの、奥様の肺炎-その体験から村井さんが考えた胃瘻導入のタイミングとは?

Ⅳ 胃瘻を使いこなす(体験記)
2.飲み込む力が低下したときこそ、胃瘻を味方に!


東京都 村井良さん

PDN通信 18号 (2007年1月発行) より

(所属・役職等は発行当時のものです)

口から食べることにこだわって肺炎に

奥様の晟子さんと
奥様の晟子さんと

村井さんは、毎日規則正しい散歩や筋力アップのリハビリの成果か、体力年齢は61.5歳。とても心臓病の既往を持つ1級身障者とは思えない。取材に伺った私に、なれた手つきでお茶を入れてくださった。家にいる時間が多くなり、自家製ヨーグルトを作ったり、レストランで使われているお気に入りのテーブルクロスを探してきたり、ご自分から今の生活を楽しんでいらっしゃるご様子。いつでも奥様が見えるところにいて、声をかける。陽が翳ってくれば、そっとひざ掛けを用意する、それはそれはうらやましくなるほど優しいダンナ様なのである。

奥様の晟子さん(71歳)はアルツハイマーと診断され10年、現在の要介護度は5。胃瘻歴1年。胃瘻造設の前と後、誤嚥性肺炎による緊急入院を2度経験している。

「食事というのは安全性の確保・充分な栄養の摂取・食べる楽しみの継続、という三つの重要な要素があると思います。しかし、私はそれを自分の判断で続けてしまったばかりに、妻を2度も誤嚥性肺炎で苦しめてしまいました」と、村井さんは当時のご自分をふりかえる。

「妻の主治医から、口から食べられなくなったときには、胃から直接栄養をとる方法があるとは聞いていましたが、それが胃瘻であるなどということは知りませんでしたし、食事を胃に直接あけた穴から入れるなんて、かわいそうだと思っていました。妻のように自分で動くことが出来なくなった状態では尚のこと、楽しみといったら食べることくらいしかないわけですし。それで、せめて食事くらいは…と、時間がかかっても口から食べることにこだわっていたのです。

でも、実際には、認知症状が進むにつれて思うように食事が進まず、こちらもつい無理強いをしてしまいました。結局、食事時間が長引くばかりで本人は栄養不足となり、体重が減少しました。体力や飲み込む機能が低下していたんです。」

このとき胃瘻についてもっと調べていれば、と悔やむ村井さん。

「どうやって造るんだろう? 家庭で管理できるんだろうか? という不安、そしてどちらかといえば胃瘻=食べる楽しみの喪失、というイメージがありましたので、当時は感情的な理由から、できるだけ胃瘻にはしたくなかったですね。」

さらに口から食べさせるのに適した食物や分量、姿勢などの基本的な指導が充分でなかったこともあり、胃瘻という方法があると教えられてから1年ほどたったある日、誤嚥による肺炎で高熱を出し救急車を呼ぶことに。たまたまベッドの開いていた近くの病院に搬送され、生きるか死ぬかという状態が続くこと1ヶ月。やっと退院の許可がおりたが、これ以上口から食べさせるのは無理だとの医師の判断もあり、当時の村井さんとしては『やむを得ず』胃瘻を造ることに同意した。

「もっと早い段階で私が胃瘻についての情報を集め、正しい認識を持って胃瘻を選択していれば、妻を肺炎で苦しめることは無かったかもしれません」と語る。

こだわるなら正しい方法で

投与後のフラッシュ。入院中に手順はマスター!
投与後のフラッシュ。入院中に手順はマスター!

胃瘻造設後、危険だから一切食べさせてはいけないと言われたり、少しくらい様子を見ながら食べさせてみても良いと言われたり、情報が交錯する中、村井さんはご自身の判断で、晟子さんに少量の食事を食べさせていた。そこでまた誤嚥による2度目の肺炎で緊急入院。さすがにその後は誤嚥が怖くなり、退院後、口からの食事は一切中止していた。

現在晟子さんは日本歯科大学の口腔介護・リハビリテーションセンターに定期的に通っている。以前から歯の治療のために通っていた日本歯科大学だったが、同大学出身のかかりつけ歯科医師から、同センターが摂食嚥下の専門だからと、改めて紹介された。同じ歯科大学の附属病院内に、摂食嚥下や、個々の状態にあった栄養管理を考えてくれる専門的な部署があるということを、村井さんはこのとき初めて知ったそうだ。

「このセンターに来て初めて、機械を使った嚥下機能検査を受け(注:VF・VEによる嚥下機能検査)、一緒にその画像を見ながら妻の飲み込み能力を知り、口から食べさせることの危険性を理解しました。同時に、妻に適した、胃瘻と経口摂取の併用法というものがあるということで、専門家の指導・管理による、正しい経口摂取の方法を教わったのです。」

胃瘻は怖くない、家庭でも管理できる、そして何よりも口から味わうことを諦めなくてもいいのだ。村井さんにとって、胃瘻は救世主のように思えたという。

胃瘻を造るときは、タイミングが大切

本当に、妻にはかわいそうな事をしてしまった、と何度も繰り返す村井さんが、同じような状況におられる方々が、同じような失敗をしないように―と、飲み込む能力が低下した人の、胃瘻導入のタイミングをまとめてくださった。

「最終判断は専門医と相談の上でお決めになることですが、嚥下能力が低下して安全に飲み込めないという判断の目安、胃瘻を造る時期の参考になればと思います。

 ① 体重が状態の良かったときに比べて減少してくる(=栄養不足)
 ② 食事中誤嚥によりむせることが多い
 ③ 1回の食事に1時間〜1時間半以上かかる
 ④ 胃瘻を本人や家族が正しく理解し納得している
 ⑤ 誤嚥性肺炎を起こさないうちに!

これらの信号を見逃さずに、トラブルが起きる前に胃瘻を造り、栄養不足にしないことが大切だと思います。

専門医の指導の下、本人の能力や状態に応じて正しい方法で必要な栄養を安全に摂ることができる、胃瘻造設後も、口からの食事や味わう楽しみを奪われるわけではない、そのことは妻にとっても介護する私にとっても大変嬉しいことでした。妻の行きつけの美容院では、胃瘻からの栄養投与を始めてから、髪の太さや弾力が戻ったといわれました」と、晟子さんの髪を梳く村井さんの表情は嬉しそうだ。

胃瘻について情報不足のまま感情的に否定するのではなく、メリット・デメリットを正しく理解し、状態の異なる嚥下障害者をどうサポートしていくか、介護者のみならず一般の人々も積極的に学ぶべき時がきているのではないだろうか。

(2006年10月取材)

PDN通信 18号 (2007年1月発行) より

(所属・役職等は発行当時のものです)